法話

宗祖法然上人二十五霊場(二)

 私たちの御本山である光明寺は第十六番の霊場であり、毎年多くの巡礼者がお参りに訪れております。光明寺は京都西山粟生の地に在する、西山浄土宗の総本山です。法然上人は二十四歳のときに、求法の志をもって奈良へ向かわれましたが、その途中に粟生野の里に住する高橋茂右衛門宅に一夜の宿を借りました。それが縁となり、承安5年(1175)の春、43歳にして浄土宗を立教開宗された法然上人は、まずこの粟生野の里を訪れて茂右衛門夫婦を教化されたと伝えられております。その後、法然上人の弟子である法力房蓮生法師(もとは坂東の荒武者として有名な熊谷次郎直実)は、上人のお勧めを受けてこの地に「念仏三昧院」というお堂を建立されました。

 法然上人御入滅の後、15年を経た嘉禄3年(1227)、上人の御墳墓をあばこうという企てのあることを知った弟子は御遺骸を嵯峨に移しましたが、ここでも心配だということで、更に太泰の西光寺へ移しました。ところが翌年の正月に、法然上人の石棺より西山粟生野へ向けて光明を放つという不思議な出来事が起こりました。弟子たちはこれを上人のお導きであると考え、さっそく粟生野の念仏三昧院へ御遺骸を移しました。御遺骸はそこで荼毘に付され、廟堂を建てて御芳骨を奉安されました。仁治3年(1242)、この奇端が時の四条天皇の耳に達し「光明寺」の勅額を賜り、寺号を念仏三昧院から現在の光明寺に改めました。またその後、永禄6年(1563)には正親町天皇から「浄土門根元地」の綸旨を賜りました。

 平成23年4月には、総本山光明寺に於いて「宗祖法然上人八百回御遠忌」の大法要が、厳修されます。この有り難い御法縁に合わせて頂くにあたり、改めて法然上人が歩んでこられたその御遺跡を訪ねていくことは大変よい機会であり、また宗祖のみ教えを頂くものとしてその源を知ることは、とても大切なことであります。法然上人が生涯をかけてお説き下されたお念仏のみ教えは、誠に尊いものであります。

 「宗祖法然上人二十五霊場」巡拝をおすすめするにあたり、より多くの方々がその御遺跡を巡拝され、それにより上人生前の御偉業を身をもって感じて頂くことが出来れば幸いであります。

 尚、「宗祖法然上人二十五霊場寺院」の詳細につきましては、「西山浄土宗勤行式」や書店等で販売されている巡礼ガイドを御覧下さい。また各霊場において、お軸及び朱印帳への朱印を行っております。お参りの記念になりますので、巡礼の際は是非ご朱印下さい。

平成21年10月
「第7回お念仏のつどい」記念冊子にて掲載

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